Cream Sodaニュース 24
マンション向け電気料金削減サービスに太陽光発電を導入
2011/08/24
オリックス電力は、マンションの電気料金を削減する「電力一括購入サービス」に、太陽光発電システムを組み合わせた新たな電気料金削減サービスと発表しました。
電気料金削減サービスの第一弾として、大京が本年10月から販売開始予定の新築分譲マンション「ライオンズ大森西グランフォート」(東京都大田区)に本サービスを導入、 これにより、本物件では各住戸での電気料金の約24%削減を見込む。
同社では、本サービスについて、今後一年間で20棟以上の新築マンションへの導入を目指す考えとのこと。
また、同社の手がける電力一括購入サービスは、割安な高圧電力を電力会社から一括受電し、マンション向けに低圧に変換し配電することで、顧客の電気料金を削減するもの。
新サービスでは、太陽光発電システムで発電した電力を、電力一括購入による受電システムを活用し、専有面積に応じて各住戸に配分することで、戸別の配電設備の投資負担を軽減し、太陽光発電システムの発電容量に関わらず各住戸での利用を実現した。
本サービスの活用により、各住戸の電気料金を、電力一括購入サービスの削減分と合わせて約10%以上の削減が可能と試算している。
従来、マンションで太陽光発電システムを導入する場合は、各住戸への戸別配電設備の導入コストなどの制約から、発電した電力を共有部で利用することが多かった。
太陽光発電システム搭載のバス停を販売予定
2011/07/16
積水樹脂と京セラソーラーコーポレーション(KSC)は、バス停や駅前広場の日・雨よけなどに使われる街路施設に、太陽光発電システムとLED照明を採用したソーラー発電シェルター
「エコシェル」を共同開発し、7月20日より販売を開始する。
本製品は、積水樹脂の多目的シェルターユニットの屋根部分に京セラの太陽電池モジュールを、軒部分の照明にLEDを搭載。
太陽光発電システムで発電した電力は、シェルター内の照明等だけでなく、同一の電灯契約をしている周辺の設備でも使用可能で、昼間の節電やCO2削減にも活用できる。
また、余剰電力を電力会社に売ることで、今夏の電力供給にも貢献して、さらに災害時には、付属するパワーコンディショナの自立運転機能を活用することで、携帯電話の充電など非常用電源としても利用でき、 LED照明により夜間の節電も実現する。
日本全国で本格化する節電対策や、環境配慮型の街づくりでの需要を見込む。全国の自治体や民間企業などに対して、用途を限定することなく、幅広く販売していく計画です。
LED電球販売数、月間で初めて白熱電球を上回る
2011/07/12
今年起きた311の東日本大震災以降、計画停電等による消費者の節電意識が高まったことから、東日本を中心にLED電球やLEDシーリングライトの需要が急伸。
2010 年下半期以降、LED電球の数量構成比は20%前後で推移していたが、2011年6月における数量構成比は43.5%となり、月間として初めて白熱電球を上回った。
特に関東・甲信越地区では、全国以上のペースで伸びており、5月、6月と2ヵ月連続で白熱電球を上回った。LED電球へのシフトは加速しており、7月第1週における全国の数量構成比は49.8%と約半数を占めた。
LED電球の平均価格動向をみると、3月以降ほぼ横ばいで推移していることから、今回の需要増加は価格下落ではなく、消費マインドの変化による側面が大きいと分析する。
LEDシーリングライトについては、節電意識の向上と、シャープと東芝の市場にパナソニックが参入するなどラインナップが拡充された結果、4月以降販売が急増し、6月では数量構成比15.8%に達した。また、6月の金額構成比は42.7%となり、金額ベースで初めて他管球シーリングライトを上回り、最多シェアとなった。 関東・甲信越地区では数量構成比17.1%、金額構成比45.7%とLED電球同様、全国より高いポイントとなっている。
LEDシーリングライトの平均価格は約38,000円と年初から約9%下落していることや、時間やシーンに合わせて明りの色味を調節できる調色機能を有したモデルの充実が、買い替えを後押している。 夏季には再び電力不足が懸念されているため、電力消費を抑えることができるLED電球やLEDシーリングライトに対する需要は底堅いとみている。
また、LED小丸電球やLED蛍光管なども広がりをみせており、販売数量も年初以降増加傾向にあり、LED照明は今後、更に幅広く進展していくと予測する。
25年前に起きた原子力発電の悲劇
2011/05/28
1986年4月26日未明、ウクライナ共和国にあるチェルノブイリ原子力発電所の4号炉で、大きな爆発事故が起こりました。
この爆発により一瞬のうちに原子炉が破壊され、火災が発生しました。火災を消火するために、ヘリコプターから原子炉の炉心めがけて総計5,000トンにおよぶ砂や鉛などが投下されました。火災は爆発から14日後の5月10日にようやく収まりました。
この原発事故により、原子炉内にあった大量の放射能が大気中へ放出され、放射能は風にのり、世界各地に広がり、チェルノブイリから約8,000キロ離れたここ日本でも、野菜・水・母乳などから放射能が検出されました。
原発労働者の町「プリピャチ」の住民のほとんどは、その日のうちにチェルノブイリ原発で事故が起きたことを知りました。しかし多くの人が買い物に出かけたり、公園で遊んだりと、普段どおりの生活を過ごしていました。被曝を恐れて、窓を閉め、家にこもったのは一部の人だけでした。
4月27日の昼頃、プリピャチ市のラジオから避難勧告が流されました。「身分証明書を携帯し、3日分の食料を持参してください」というアナウンスから、住民のほとんどは3日経てば町に戻れるものと思っていました。
しかし彼らにここでの生活が戻ってくることはありませんでした。
プリピャチ市以外の原発周辺30km圏内の住民(主に農村地帯に暮らしていた)の強制避難は、事故から1週間経った5月2日に決定されました。1週間の間、彼らには事故について何も知らされず、ほったらかしにされていました。避難は5月3日に始まりました。ほぼ1週間かけて住民と何十万という家畜の避難が完了しました。30km圏からの事故直後の避難民数は約12万人とされています。
原発事故後の消火作業や放射能の除去作業に従事した人々は「リクビダートル(事故処理作業者)」と呼ばれています。
彼らは放射能を浴びた瓦礫の処理などを手作業で行いました。また爆発した4号炉の放射能を閉じ込めるために「石棺」の建設が始まりました。リクビダートルの総数は正確には把握されていませんが、60〜80万人と言われています。
モスクワ・ミチノ墓地では、消火作業に従事した27名のリクビダートルが永眠しています。彼らの身体はあまりにひどく被曝していたため、鉛の棺に埋葬されています。二度と土に還ることはありません。
4号炉
チェルノブイリ原発4号炉を覆う“石棺”
ミチノ墓地
原発事故の消火作業で被曝した英雄たちが眠るミチノ墓地
広範囲にわたる放射能汚染
放射能による汚染は広い範囲におよびました。原発周辺だけでなく、200km以上離れたところでも高濃度汚染地域が広がっていたのです。事故によりさまざまな放射能が大気中へ放出されました。
なかでも問題とされたのがヨウ素131による被曝でした。ヨウ素131は半減期(最初にあった放射能の量が半分になるまでの時間)が8日と比較的短いのですが、甲状腺が特異的に被曝を受けるため、こどもたちの間にガンや機能障害などの深刻な影響をもたらしました。
また長期的に問題となっているのがセシウム137です。こちらは半減期が30年と長く、遠くまで飛んで行き、食べ物にも取り込まれやすいという特徴があります。そのため外部被曝だけでなく、内部被曝ももたらされます。
このセシウム137で比較した場合、チェルノブイリ原発事故では広島に投下された原子爆弾の数百倍もの放射能が放出されたと言われています。
放射能は大地や水、空気を汚染し、そこで暮らす生物すべてが汚染されてしまいました。ロシア、ウクライナ、ベラルーシの3国の汚染地域の総面積は145,000kuとされています。約600万人の住民がこの汚染地域内での生活を余儀なくされています。
こども患者
甲状腺ガンの手術を受けた女の子
以前はこどもの手術でも大人用のメスが使われた
そのため、首元には痛々しい傷跡が残っている
チェルノブイリ原発事故後、1990年頃からこどもたちの間で甲状腺ガンが急増しました。爆発により放出されたヨウ素131がこどもたちの甲状腺に取り込まれ、被曝をもたらしたのです。
1995年をピークに、こどもたちの間での甲状腺ガンは減っていきます。しかしこれはガンの発生数が減ったということではありません。事故当時のこどもたちが青年・大人へと成長し、それにともない甲状腺ガンの発生する年齢も上がってきています。
その因果関係が公式に認められているのは甲状腺ガンだけですが、チェルノブイリ原発事故後、白血病やその他の病気が増えたという報告も数多くあります。
チェルノブイリ原発事故により、放射性ヨウ素(ヨウ素131)が大気中へ放出されました。そのときにこどもたちの甲状腺にこの放射性ヨウ素が取り込まれ、やがて甲状腺の異常が多発するようになりました。
リクビダートルは消火作業や放射能の除去作業に従事した数日間、とても強い放射能を身体に浴びました。その後彼らの多くが重いやけど火傷や脱毛、発疹などに悩まされました。ガンや白血病などを患い、死亡する人も数多くいます。また、その原因は明らかにされていませんが、リクビダートルのこどもたちにも健康被害が報告されています。
まわりの仲間たちが次々と亡くなっていくのを目の当たりにし、将来に希望を持てずアルコール中毒になったり、自ら命を絶つ人も少なくありません。
放射能による汚染で、500以上の町や村が地図上からその姿を消しました。汚染地域からの移住者たちは、慣れない都会での生活を余儀なくされました。それ以前の自然に根ざした地域社会の崩壊や生活基盤の喪失は、彼らに大きなストレスを与えることになりました。その結果、健康を害する住民も数多くいました。
放射能汚染はさまざまな場面でその影を落としています。移住先での生活になじめず、居住禁止となった自分の家に戻ってくる人々もいました。彼らは“サマショール(わがままな人)”と呼ばれています。
“地図から消えた村”では、家主をなくした多くの人家が残されています。チェルノブイリ原発事故から20年以上が過ぎた現在、こうした人家にロシア、グルジア、アルメニア、カザフスタン、チェチェンといった旧ソ連の各地域やベラルーシ国内の非汚染地域からの移住者が暮らすようになりました。
ベラルーシでは事故後の汚染地域における復興対策として、汚染地域の労働者に対し給料面での優遇などが行われています。地図から消えた村で生活を営む彼らの多くは、祖国で民族紛争が勃発したり、安定した職に就くことができなかったりなどしたため、汚染地域での“安住”を求めてこの地へやってきたと言います。
現実に目の当たりにしなければならない銃や戦争や経済的な不安と違って、放射能は目に見えないから怖くはない、目に見えないものを怖がっても仕方ない、彼らはそう説明します。
カザフスタンから移住してきた一家
祖国での生活が苦しくなり、カザフスタン共和国から汚染地域に移住してきた家族
ウラン鉱山の近くに住んでいたので、放射能は怖くないという
爆発事故を起こしたチェルノブイリ原発4号炉は、放射能の放出を防ぐために石棺で覆われました。
しかし20年が過ぎた現在、その老朽化が進み、崩壊の危険性やひび割れから染み込んだ雨水による地下水の汚染も心配されています。その対策として“新石棺”の建設が計画されています。
原子力発電の全廃止、自然と共存できる新エネルギーを
2011/05/09
GW中の5月3日(憲法記念日)に、「生かそう憲法 守ろう9条 5・3憲法集会in京都」が京都市左京区の京都会館第一ホールで開かれ、2400人を超える府民が参加されました。
主催は「憲法9条京都の会」。
同会世話人の黒木順子氏の守ろう憲法と平和きょうとネット代表幹事があいさつ。憲法前文を読みあげ、「憲法の精神が被災地でこそ生かされるべき」と述べました。
同会代表世話人で哲学者の梅原猛氏が「九条への思い」と題して講演。梅原氏は、特攻隊の口頭試問で戦闘機の名前を言えなかったため非国民と言われて落第したことや名古屋の三菱発動機の工場で勤労奉仕として働いていた際の空襲など自身の戦争体験を語り、「戦争を二度と起こしてはならない、それゆえに憲法9条の思想を歓迎した。呼びかけ人になったのも強い反戦の思いからである」と話しました。
また、東京電力福島第一原発事故について、15年前に反原発という立場を明らかにしたことに触れ、20数年かけてでも原発の全廃にむけた運動をすすめ、太陽光や風力などの自然エネルギーの開発を進めるべきだと強調。「生きとし生けるものすべてが太陽、風の恩恵を多く受けている。国民が望めば、自然と共存できる新エネルギーを開発できるはず。その国を作るために力を尽くしたい。そして被災した人々の尊い助け合いの心は、利他の心みなぎる聖徳太子の目指した和の国でもある。その実現のために残る人生を捧げたい」と述べました。
同会代表世話人で安斎科学・平和事務所長の安斎育郎氏が、東京電力福島第一原発事故の現状や原因、核廃絶に向けた世界の流れなどについて解説し、「今、憲法9条は国を超えて平和運動のありようとして求められている。憲法9条の実現を願うだけでなく、国のありようを主権者として変えていくこと、その実現にむけ、一緒に歩んで行きたい」と話しました。
舞台では大蔵流狂言役者の茂山あきら、茂、童司による「二人大名」が演じられました。
二人の大名が通りがかりの男を太刀で脅して強引にお供にしようとしたところが、逆に脅され立場が逆転してしまうという物語で、会場からは大きな笑いが起こりました。
集会後、参加者らは下京区の四条河原町までパレードを行い、それぞれ「原発に依存しない社会を」「自然エネルギーで暮らそう」「米軍の思いやり予算を被災者に回しますと言えないのか あ菅首相」などのプラカードを手に市民にアピールしました。

